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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)7941号 判決 1967年12月08日

原告

今常雄

原告

有限会社今製作所

右両名代理人

木下由兵衛

被告

蒲田煉炭有限会社

右代理人

田中浩二

主文

被告は原告今常雄に対し金一三万円、原告有限会社今製作所に対し金九〇万円、およびそれぞれ右金員に付加してこれに対する昭和四一年九月四日以降支払い済みまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、他を原告らの連帯負担とする。

本判決第一項は、確定前に執行できる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告今に対し金四三万四二〇〇円、原告会社に対し金二〇〇万円、およびそれぞれこれに対する昭和四一年九月四日以降支払済みまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決および仮執行の宣言を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。

一、(事故の発生)

昭和四〇年六月一三日午後四時四〇分頃、大田区本蒲田五丁目四番地先の交差点で、原告今運転の自家用乗用車(品五は二五三二)が停止信号に従い停車中、訴外佐藤一雄運転の自家用三輪貨物自動車(品六す四一七二)が追突し、原告今はその衝撃により頸部を脱臼した。

二、(責任原因)

右佐藤運転の車両は被告所有にかかり、佐藤は被告の被用者であつて、当時被告の業務のため運転していたものであり、被告は右車両の運行供用者である。

三、(損害)

(1)原告今の損害

原告今は、右傷害のため約三ケ月加療し、入院費付添費等一四万七五九五円を支出した。またそのための休業三ケ月に及び、右傷害治療と相まつて原告今の精神的損害は少なくないので慰藉料五〇万円が相当であり、合計六四万七五九五円の損害があるが、入院費等合計一四万七五九五円と休業手当(一日七〇〇円)九四日分六万五八〇〇円計二一万三三九五円を自賠責保険金から支払を受けたので、これを控除し、残損害四三万四二〇〇円を請求する。

(2)原告会社は原告今が代表取締役として経営しているところであるが、昭和二七年二月それまでの個人経営を有限会社組織に改めたもので、資本金三七〇万円、従業員一五名(工員一三名、事務員一名、運転手一名)程度の小規模の会社であり、原告は自ら、注文とり、材料仕入れ、作業指揮、納入、集金等に従事し、その業態は個人企業当時と殆んど異ならぬものであつた。しかるに、本件事故により、三ケ月の原告の休業があつたため、昭和四〇年度の会社の業績は極めて悪化し、同年七月、八月は各一〇〇万円以上の収益減となつた。これは本件事故により原告会社が蒙つた損害であるから、被告にその賠償を求めうる。

四、よつて右各金員およびそれぞれこれに対する訴状送達の翌日である昭和四一年九月四日以降支払済みまでの年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

被告訴訟代理人は、請求棄却・訴訟費用原告ら負担の判決を求め、請求原因に対して、「第一項は認める。ただし、雨天であつたため、被告車がスリップしたための追突である。第二項も認める。第三項中、(1)は、自賠責保険金受領の点は認めるが、その余の休業期間および慰藉料を争う。(2)は、知らない。かりに、原告主張のような企業損害があつたとしても、特別事情に基づくものであり、原告としては到底予見しえないから、支払義務はない。」と答え、被告の主張として、本件原被告間には、本件事故に関し既に示談が成立している。すなわち、事故後被告は被害者たる原告今に謝意を表し、原告車を原告今の指定した日産自動車修理代理店藤田モーターで修理させその修理代金を支払い、原告の契約保険会社である安田火災の京浜中央代理店高橋清一立会の下に、昭和四〇年六月三〇日から示談交渉をして、原告の治療費七万円を立替支払つた上、四一年一月二六日、(イ)原告車の修理代金は全部被告負担、(ロ)入院治療費と慰藉料とは被告車の強制保険から被害者請求により支払いを受ける、(ハ)慰藉料は右保険によるもの以上特に請求しない、(ニ)今後双方共異議申立しない、との内容の示談書による和解契約を締結した。これによれば、被告は立替えた治療費七万円の返済を受けうるのに、原告はこれを約しながら未だに履行しない。」と述べた。

原告訴訟代理人は「右主張は否認する。示談書は強制保険金の受領に関するもので、原告の損害賠償請求権を制限する趣旨ではない。七万円の治療費支払いは賠償金の内入れであつて立替でない。」と答えた。

立証<省略>

理由

一請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。被告は、追突が起つた原因として雨降りにより路面が滑り易くなつていたことをあげるが、かりにそうであるとしても、単にそれだけの理由で被告の免責されるわけはない。

二請求原因第二項の事実も争いがない。被告は、従つて被告車の運転によつて被害者に生じた損害を賠償する責任がある。

三そこでまず、原告今の主張する損害について案ずるに、傷害加療のための入院費附添費等一四万七五九五円と、その間の休業手当一日七〇〇円の割合で六万五八〇〇円合計二一万三三九五円が自賠責保険から支払われたことは争いがないのであるから、原告今の請求中、残るのは慰藉料だけである。しかし、これについては、原告会社の損害賠償請求権の成否が、その代表者でもある原告個人の慰藉料額に影響する余地があるので、これを暫らくおいて、原告会社の損害について審按することとする。

四まず、原告会社の主張する損害が本件不法行為による損害と言いうるかどうかが一つの問題となる。けだし、本件事故の被害者は原告今常雄個人であつて、被侵害法益としての今常雄の身体が追突事故によつて傷害されたことが不法行為なのであり、これに因つて生じた損害として、被害者たる今常雄とは法的に人格を異にする原告会社に生じた損害をも数え上げることができるか否かは検討の余地なしとしないからである。

しかしながら、不法行為の根本法規たる民法条七〇九条は、「他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハ之ニ因リテ生ジタル損害ヲ……」と、また特別法規として本件に適用ある自賠法第三条も「他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を……」と、それぞれ規定するのみであつて、損害を、自己の権利(生命身体)を侵害(傷害)されたその他人に即して把握し、「その者に生じた損害」と規定しているわけではない、従つて、被害者自身とは全然別の者に生じた損害であつても、「これによつて生じた……」と言いうる以上――すなわちこの点にいわゆる相当因果関係ある以上――は、なお賠償の対象となるとすることに、法規の文理上困難は存しないであつて、換言すれば、民法(自賠法第三条)は、間接損害者にも賠償請求権の主体たりうる可能性を排除していないのであるから、前記のような心配は無用と言えるのみならず、そもそも今常雄は個人の今常雄であつたばかりでなく、原告会社代表取締役としての今常雄でもあつたのであるから、その受傷は、個人の今としてだけでなく、原告会社代表者としての受傷たる一面を有し、被害者と損害主体とが法的に人格を異にするとは一概に言い切れぬものがあるわけである。従つて、法人格が別異であることに拘泥するよりも、むしろ、原告会社の主張する損害が原告今ないし原告会社代表者今の傷害と相当因果関係があるか否かを探究すべきものである。そして、この点が肯定せられる以上は、その損害が被告ないし被告車の運転者に予見しえたか否かについては、顧慮する必要はない。けだし、いわゆる特別事情に基づく損害について予見の可能性を要求しうるのは、契約に基づく取引関係に立つ当事者に対してであつて、不法行為の当事者間にこれを要求するのは失当であり、相当因果関係ある損害である以上賠償請求権を生じるものと考えるべきだからである。従つてこの点の被告主張は採用できない。

五そこで、相当因果関係の問題を考えるに、<証拠>によつて窺いうる原告会社設立の動機およびその規模と現状、すなわち、昭和二六年頃まで原告今の個人営業であつたが、税金対策上昭和二七年二月有限会社組織に改めたこと、社員は原告今一人であり、業態は個人経営当時と何ら異ならないこと、工員一三名、事務員一名、運転手一名を社長なる原告今が統轄指揮し、自ら受注、材料仕入れ、技術指導、納品運搬、集金まで行つていたこと、資本金三七〇万円、機械加工の下請を主とし、一ケ月二二〇万円ないし三〇〇万円の売上があつたこと、等の事実を総合して見ると、原告会社はいわゆる個人会社であつて、その事業の実態は個人企業と異ならず、経営成績はひとえに原告今個人の活動に依存していたものであることが明らかである。そして、このような場合には、その個人会社の中心的存在たる者が傷害せられることによつてその会社に生じた損害は、右の者の傷害事故と相当因果関係ありというべきである。

六そこで、問題は、本件において原告会社の主張する損害が、果して、今常雄の傷害によつて生じたものと認めうるか、この点での相当因果関係を肯定しうるか、という点に移る。よつて証拠を案ずるに、原告会社の主張は、原告今の臥床により昭和四〇年七月および八月が各一〇〇万円以上の収入減となつたというにあるが、<証拠>によれば、同人が六月一四日から二三日までは通院、同二四日から七月二七日までは入院したこと、退院後も八月中は会社の仕事に全く従事しえなかつたこと、九月に入つて何やかやと指示することができるように恢復したが自ら作業はできなかつたこと、原告休業中も会社の工場自体は操業を続けていたが、代りの者では注文を受けるときの見積りが拙劣であるため十分な利益をあげえなかつたのであること、仕事に従事しえなかつた六月および七月の二ケ月間の休業の影響は、それぞれの翌月である七月および八月の売上額に影響したものであることが認められる。従つて、七月、八月の売上減少額から算出せられる損失(得べかりし利益の喪失)は、今常雄の傷害と相当因果関係ありといわなければならない。

七よつて、右両月の売上減少額を見るに、<証拠>によれば、右両月の売上額はそれぞれ二四六万九五六〇円および二二二万五五五七円であつて、それに先立つ昭和四十年六月分の売上額三九七万六七七九円に比し著しい減少を示したことが認められる。しかしながら、同年二月、三月分の売上額がそれぞれ二〇七万五、一二四円、一八一万二、七九一円であることでも明らかなように、売上額は月により相違があり、六月はその著しく多額を示した月なのであるから、六月が右両月に先行するからといつて、直ちにこれを基準として損害を算出することはできない。また一方、二月や三月が低い売上額であつたからといつて、七月、八月に示された低い額をこれらと同視するのも適当でない。けだし、前認定の事実からは、六月、七月に原告がもし健康に仕事していたとすれば、七月、八月の売上額はもつと高くなつていたであろうことは十分推測しうるからである。そこで、問題の七月、八月の前後五ケ月を合せ、その一〇ケ月の売上額の平均値を以て基準とすることにすると、甲第一一号証の一に示された数値からは月額三〇〇万円となる。そこで七月、八月の売上減少額は、前記数値から、それぞれ五三万円強、七七万円強となり、合計一三〇万円が原告今の休業による売上減少額ということができる。(<証拠>によれば、七月分は二六五万八九一〇円、八月分は二三〇万七〇五四円と算出され、甲第一一号証の一とくいちがうが、これは右供述によれば、取引先の締切期日の関係で相違したもので、甲第一一号証の一の数値による前認定をくつがえすに足りるものではない。また企業の業態によつては七月、八月が特に売上額が少ないといつた事情ある場合も考えられるのであるが、それは右のような平均値による推定に対し、これを破るものとして被告の主張立証すべきところであり、本件ではそのような主張立証もないので、斟酌することはしない。)

原告会社は、売上減少額をもつて直ちに損害と主張するもののようであるが、工場が通常に操業し、諸経費は変りなかつたとしても、少くとも材料仕入費を考慮に入れなければならない。今常雄本人の供述では、その場合の荒利益の率は五五パーセントないし六〇パーセントというのであるが、前認定のように、本件損害の主因は、原告の代りの者が受注に当つてなした加工費の見積の拙劣にあつたのであるから、更にその点も考慮に入れ、失われた利益は前記売上減少額の約七〇パーセントに当る九〇万円と見るのを適当とする。その余の原告会社の損害は、これを認容することを得ない。

八そこで、原告今の慰藉料請求権に関する判断に戻ることとなるが、これにつき被告は示談成立を主張しているので証拠を按ずるに、成立に争いない乙第二号証の示談書には、原告今の入院治療費および慰藉料は被告車の強制賠償保険金を被害者請求する旨の記載があり、これが成立に争いない乙第一号証の示談書を経て事故後半歳もたつた昭和四一年一月二六日に作成されたと認められることおよび証人赤津考の証言を合せ考えれば、被告主張に副う示談が成立し、原告今がその他の慰藉料を請求する権利はこれを認めえざる如くである。しかしながら、更に仔細に検すれば、右示談書にある条項は、右の支払条項の他、被告が原告車の修理代金を支払うとの内容のみであつて、被告主張のように、慰藉料は右保険によるものの他請求せずとの明文があるわけでなく、更に<証拠>と合せ考えると、原告今は、被告が車の修理はしたが、自分の治療費については七万円の立替払をしてくれただけでそれ以上誠意を示さないため、保険代理店として保険金請求の事務に通じていた訴外高橋清一を強制保険金被害者請求のための代理人として事務を委任し、高橋は、被害者請求手続のため便利であるとして示談書の作成に立ち至つたものであつて、両者間には強制保険金を以てカヴァーされる以上賠償請求権を放棄することは何ら委任されていなかつたものと認めるべきである。従つて、原告今の慰藉料請求権は放棄されたものとは認めることができない。証人赤津孝、同高橋清一の供述中、これに反する部分は採用しない。

九よつて慰藉料額を案ずるに、先に認定したように原告会社の損害額が確定され、その賠償請求権が肯認された以上は、その方からの斟酌の余地はないので、前認定のような入院、通院中の病苦およびこれに伴う憂悶の慰藉を主とし、また、入院中の見舞に缺けたことは被告側証人赤津孝も認めるところであること等を斟酌すると、支払われるべき額としては二〇万円が相当である。

一〇よつて、原告今は二〇万円、原告会社は九〇万円の賠償請求権を有するところ、治療費の一部七万円の立替を主張し、原告は立替ではないが賠償金の一部として受領したと争つている。いずれにせよ、右金額には争いなく、これは原告今の請求認容額から差し引くのが相当であるから、これを控除することとする。また、原告らが遅延損害金の起算日として主張する昭和四一年九月四日は訴状送達の翌日であることは、記録上明らかである。

一一結論として、原告今の請求中金一三万円および昭和四一年九月四日以降支払済みまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払いを請求する部分、原告会社の請求中金九〇万円および右と同旨の遅延損害金の支払いを請求する部分は、それぞれ正当であるから、これを認容し、両者の請求中その余の部分は、いずれも失当としてこれを棄却し、訴訟費用については民訴法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行宣言について同法第一九六条を、各適用して、主文のとおり判決する。(倉田卓次)

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